気がつかぬお人善しの性格のため、身を亡ぼしたのだとは、考えたくなかったらしい。
「おれは酒で身を亡ぼしたのだ」
と、虚勢を張っていた。
貧乏でも、何万円という酒がしみこんでいる身体のまま死ぬのが、せめてもの自慢らしかった。
借金を残して死ぬ死に方は、いさぎよいというものの、男としては情けない死に方であろう。が、世間の人は、酒が飲めるということを、しあわせの規準にしているのか、
「好きなものを、いやという程飲んだから、思い残しはないだろう」
と、いうような慰め方をしていた。
棺桶の中にも酒をつめた瓢箪が入れられた。
「この酒も入れてあげて下さい」
と言って香奠がわりに持って来る人もあった。それくらい酒好きで通っていたのだ。
そして、それほど好きな酒を、いやというほど飲んだのだから、結局はしあわせな人ということになったらしい。
世間には好きな酒を飲めない人が沢山いるから、借金は残しても、飲めた父はやはりしあわせかも知れないが、しかし、とにかく父は身を亡ぼしたのだ。しかも、それは酒のためではなかった。
私の家は父の代に没落したが、息子の私にはそれを盛りかえすだけの力もない。
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