ら、マーク・トゥエーンには名文句が出来て、私には出来なかった――という風には私は考えたくない。が、とにかく煙草では苦労した。今も苦労している。
去年の暮、私は「髪」という小説で、私が自分の長髪のためにどれだけ苦労したかという話を書いたが、しかし、私が本当に長髪で苦労したのは、三度に及んだ点呼の時ぐらいなもので、それにくらべると、煙草の苦労は私の生活を殆んど破壊せんばかりであった。
二
私の父は酒毒で死んだ。
彼は死ぬ一週間前まで、毎日一升の酒を飲んだ。
「おれの身の中には、何万円という酒がはいっている」
莫大な借金を残して死ぬいいわけに、彼はそう言っていた。
しかし、彼が借金を残したのは、酒を買う金のためではなかった。当時、一升の酒代ぐらい知れたものであった。灘の菊正で一升二円もしなかった。
彼が借金を残したのは、阿呆なぐらいお人善しで、ひとに欺されつづけていたそのためであった。しかし、私は父の口から、
「おれはお人善しだ」
という言葉をきいたことは一度もなかった。
他人の世話をするのが好きで、頼まれればいやといえぬ程気が弱く、おまけに欺かれてもそれと
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