今のところ、せっせと書けば、食うに困るというほどでもないが、没落した家を再興し、産を成すようなタイプとは、私は正反対の人間だ。今は食うに困らなくても、やがて私もまた父と同じように身を亡ぼしてしまうかも知れない。そして、それは酒のためではないことだけは父と同じだ。
 しかし、私が身を亡ぼせばその原因は煙草かも知れない。
 世間には酒と女と博奕で身を亡ぼす人は多い。私は競馬は好きだが、人が思うほど熱中しているわけではないから、それで身を亡ぼすことはあるまい。女――身を亡ぼしそうになったこともあり、げんに女のことで苦しめられているから、今後も保証できないが、しかしもう女のことではこりている。酒は大丈夫だ。泥酔した経験はないし、酔いたいと思ったこともない。酔うほどには飲めないのだ。
 してみれば、私が身を亡ぼすのは、酒や女や博奕ではなく、やはり煙草かも知れない。
 父は酒を飲んだが、煙草を吸わなかった。私は酒は飲まないが、煙草を吸う。父が飲んでいた酒は、一番たかい時で、一升二円だったが、私が今吸っている煙草は一本二円、ときに二円五十銭もする。
 もっとも、私が煙草を吸いはじめた頃は安かった。私
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