も変らぬモカやブラジルの珈琲を飲ませる店が随分出来ている。
しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、
「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、しかし、どうして、こんな珈琲の原料が手にはいるんだろう」
と驚くばかりである。
といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市場を語る資格がない。
一個百二十円の栗饅頭を売っている大阪の闇市場だ。十二円にしてはやすすぎると思って、買おうとしたら、一個百二十円だときかされて、胆をつぶしたという人がいるが、それくらいのことに驚いて胆をつぶすような神経では、大阪の闇市場に一歩はいればエトランジェである。一樽一万円の酒樽も売っているのだ。
「人を驚かせるが、自分は驚かないのが、ダンデイの第一条件だ」
という意味のことをボードレエルが言っているが、私たちはこの意味でのダンデイになることが、さしあたって狂人にならないための第一条件ではあるまいか。
それほど見るもの聴くものが、驚嘆すべきことばかりなのだ。しかも、驚嘆すべきことが、応接にいとまのないくらい、目まぐるしく表情を変えて、あわただしいテンポで私たちを襲っている昨日今日、いち
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