いち莫迦正直に驚いていた日には、明日の神経がはや覚束ないのである。俗な言い方をすれば、驚いているひまもない。

     二

「何でも売っている」
 大阪の五つの代表的な闇市場――梅田、天六、鶴橋、難波、上六、の闇市場を歩いている人人の口から洩れる言葉は、異口同音にこの一言である。
 思えば、きょうこの頃の日本人は、猫も杓子もおきまりの紋切型文句を言い、しかも、その紋切型しか言わなくなってしまったが、私は猫にも杓子にもなりたくないから、かえすがえすも紋切型を避けたいとは思う。しかし、大阪の闇市場のことを書くとすれば、やはり猫の如く、杓子の如く、いや鸚鵡の如くこの紋切型に負けてしまうのだ。
「何でも売っている」と。
 なぜなら、大阪の闇市場の特色はこの一語に尽きるからである。
 例えば主食を売っている。闇煙草を売っている。金さえ持って闇市場へ行けば、いつでも、たとえ夜中でも、どこかで米の飯が食べられるし、煙草が買えるのである。といえば、東京の人人は呆れるだろうか、眉をひそめるだろうか、羨ましがるだろうか。
 勿論、警察の手入れはある。主食と闇煙草の販売を弾圧する旨の声明は、わざわざ何月
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