な男に、たとえ病気のからだとは言え、よく辛抱してついて来てくれたと思えば、なんとかして大阪へ帰らせてやりたい。知った大阪の土地で易者は恥しいが、それも照枝のためなら辛抱する、自分もまた帰りたい土地なのだと、思い立って見ても、先立つものは旅費である。二人分二十円足らずのその金が、纒ってたまったためしもなかったのだ。
赤玉のムーラン・ルージュがなくなったと、きけば一層大阪がなつかしい。頼って来いといった松本の言葉を、ふっと無気力に想い出した。凍えた両手に息を吹きかける拍子に、その気もなく松本の名刺を見た。ごおうッと音がして、電車が追いかけて来た。そして通り過ぎた。瞬間雪の上を光が走って、消えた。質屋はまだあいているだろうか。坂田は道を急いだ。やっと電車の終点まで来た。車掌らしい人が二三人焚火をしているのが、黒く蠢いて見えた。その方をちらりと見て、坂田は足跡もないひっそりした細い雪の道を折れて行った。足の先が濡れて、ひりひりと痛んだ。坂田は無意識に名刺を千切った。五町行き、ゆで玉子屋の二階が見えた。陰気くさく雨戸がしまっていたが、隙間から明りが洩れて、屋根の雪を照らしていた。まだ眼を覚して
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