顔だが、案外に、睫毛が長く、くっきりした二重瞼を上品に覆って、これがカフェ遊びだけで、それもあっという間に財産をつぶしてしまった男の顔かという眼でみれば、なるほどそれらしかった。一皿十円も二十円もする果物《フルーツ》の皿をずらりと卓に並べるのが毎晩のことで、何をする男かと、あやしまぬものはなかったのである。松本自身鉄工所の一人息子でべつにけちくさい遊び方をした覚えもなく、金づかいが荒いと散々父親にこごとをいわれていたくらいだったが、しかし当時はよくよくのことが無い限り、果物《フルーツ》など値の張るものはとらなかったものだった。
やがて珈琲が運ばれて来たが、坂田は二口か三口啜っただけで、あとは見向きもしなかった。雪の道を二町も歩いて来たのである。たしなむべき女たちでさえ音をたてて一滴も残さず飲み乾している、それを、おそらく宵から雪に吹かれて立ち詰めだった坂田が未練もみせずに飲み残すのはどうしたことか、珈琲というものは、二口、三口啜ってあと残すものだという、誰かにきいた田舎者じみた野暮な伊達をいまだに忘れぬ心意気からだろうと思い当ると、松本は感心するより、むしろあきれてしまった。そんな坂
前へ
次へ
全24ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング