てくれるよって、その日その日をすごしかねる今の暮しも苦にならんのや。まあ、照枝は結局僕のもんやったやおまへんか。松本はん。――と、そんな気負った気持が松本に通じたのか、
「さよか。そらええ按配や」
 と、松本は連れの女にぐっと体をもたせかけて、
「立話もなんとやらや、どや、一緒に行かへんか。いま珈琲のみに行こ言うて出て来たところやねん」
「へえ、でも」
 坂田は即座に応じ切れなかった。夕方から立って、十時を過ぎたいままで、客はたった三人である。見料一人三十銭、三人分で……と細かく計算するのも浅ましいが、合計九十銭の現金では大晦日は越せない、と思えば、何が降ってもそこを動かない覚悟だった。家には一銭の現金もない筈だ。いろんな払いも滞っている。だから、珈琲どころではないのだ。おまけに、それだけではない。顔を見ているだけでも辛い松本と、どうして一緒に行けようか。
 渋っているのを見て、
「ねえ、お行きやすな」
 雪の降る道端で永い立話をされていては、かなわないと、口をそろえて女たちもすすめた。
「はあ、そんなら」
 と、もう断り切れず、ちょっと待って下さい、いま店を畳みますからと、こそこそと
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