が、豹一は神楽坂を避けて、途中で吉田山の山道へ折れて行った。神楽坂の上にあるカフェの女が、二、三日前変な眼付で彼を見たからである。
「まあ、見とおみ、子供みたいな三高生が行きはる」
豹一は未だ十七歳だった。その年齢の若さを彼は気にしていたのである。そんな若さで高等学校へはいる者は少いのだと己惚れることも出来たが、しかし子供っぽく見えるということはやはりいやだった。髭を伸ばしてうんとじじむさくなってやろうと思っても、一向に生えてくれないのだった。最近ニキビが二つほど生じたので、少し嬉しかった。(十七で三高だから秀才か? いやなこった)彼も中学校にいた頃とは随分変った。前は首席になるために随分骨を折ったものだった。が、秀才とは暗記力の少し良い、点取虫の謂いではないか? 彼は同じ秀英塾に寝起している三高生を見ると、もう秀才というものに信用が置けなかった。塾生は十人いた。何れも四年からはいった秀才ばかりである。ところが、彼等はただ頭脳の悪い勤勉な生徒に過ぎないのだ。暗記力は良い方だといってもよいが、しかし彼等のように飯を食う間も暗記していれば、記憶《おぼ》えられぬ方が不思議だ。教室では教師の
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