て高等学校へ行く可きかどうか」と真剣な顔で相談した。お君は、「私《あて》は如何《どない》でも良え。あんたの好きなようにし」しかし、「あんまり遠いところへ行かんといてや」
 京都の三高へ行くことに決めた。翌日校長先生に呼ばれると、
「校長先生のお言葉ですし、K中学校の名誉のために見事合格して見よう思います」こんないや味な返事をした。が、その言葉は概して校長の気に入った。
「君はあんまり品行方正とは言えんが、とにかく出来るから推薦したのだ。しっかりやってくれ給え」
 豹一は沼井が三高を受けるのか、一高を受けるのかとそのことばかり考えていたので、校長の言葉も不思議に苦にならなかった。
 豹一はその日から猛勉強をした。心に張りがついた。彼の自尊心はその坐り場所を見つけることが出来たのである。(俺が高等学校の帽子を被る日に、一ぺん紀代子に会っても良い)と、思った。(しかし、紀代子は俺の学資の出所を見抜くかも知れない)
 豹一は翌年の四月、三高の文科へ入学したが、だから紀代子にだけは未だ会わす顔はなかった。

      四

 夕飯が済むと、豹一はぶらりと秀英塾を出た。塾を出ると道は直ぐ神楽坂だ
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