を多鶴子ははっと不気味にききながら、
「方角がちがってよ。運転手さん! 引きかえして頂戴!」思わず叫んだ。
しかし、佐古の意を察している運転手は、よくあることやと苦笑しながら、それに耳を藉そうとはしなかった。
「佐古さん!」多鶴子は佐古の顔をきっとにらんだ。「車を引きかえして頂戴!」
「そら無茶でっせ。わてはなにも運転手さんやあらへん。引きかえそうにも、わてが運転するわけにいきまへんがな」済ましこんでそう言うと、あははと、多鶴子の白い眼へ笑いをかぶせた。多鶴子は叫び出しそうになったが、さすがにかつての人気女優だった。やっとこらえて、十分用心深い表情のまま、じっと車の方向を見つめていた。
阿倍野橋から二町も行った頃だろうか、いきなり車が停った。運転手は素早く降りて、「清川」と門燈の出ているしもた屋風の家へはいって行った。それがどんな商売の家であるか、多鶴子には直ぐわかった。古びているが、映画のセットにこれとそっくりの家が出て来る。
運転手が出て来るまで、佐古はこの男に似合わぬ神経質な手つきで、煙草を吸っていた。電機工の時分から憧れていた此の美しい女優を自由にすることが出来るというう
前へ
次へ
全333ページ中250ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング