豹一はいきなり狂暴な表情になり、弥生座の裏路次でぶざまに倒れていた自分の姿を想い出した。
 朝、安二郎は豹一の起きて来るのを待って、
「なあ、豹一」珍らしく自分から話しかけた。
「あのな、……」
 以下の言葉はここに写すまでもあるまい。豹一の答は頗る簡単だった。
「よろしい。欲しいだけ取って下さい。なんなら月末に請求書を出してもらいましょうか」さすがに声は顫えていた。が、請求書という巧い言葉を思いついたので、豹一の興奮はいくらか静まった。
 しかし安二郎は請求書ときいて、飛び上らんばかりに喜んでいた。こんなに簡単に、いざこざなしに話がつくと思っていなかったから、余り話がうますぎると、ちょっぴり不安に思ったぐらいだった。
「用談」が済むと、豹一はいつものように畳新聞社へ出勤する顔で、さっさと家を出た。夕方帰って来た豹一は、しかし昨日のままの失業者に過ぎなかった。

      三

 凍てついた道を寒風が吹き渡っていた。豹一は寒そうに身を縮めたしょんぼりした恰好で、街から街へ就職口を探して空しく、歩きまわっていた。
 昭和十六年の常識からはちょっと考えられぬところだが、当時は、大学出の青
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