ゃけ、受けてつかわさい」と、白い紙包を差し出して、何ごともなかった顔で、こそこそ出て行った。見ると、写本の字体で、ごぶつぜんとあり、お君が呉れてやったお金がそっくりそのままはいっていた。国へ帰って百姓すると言った彼の貧弱な体やおどおどした態度を憐み、お君はひとけのなくなった家の中の空虚さに暫くぽかんと坐ったままだったが、やがて、
――船に積んだアら、どこまで行きやアる、木津や難波《なんば》アの橋のしイたア……
思い出したように哀調を帯びた子守唄を高い声で豹一に聴かせた。
お君は上塩町地蔵路地の裏長屋に家賃五円の平屋《ひらや》を見つけて、そこに移ると、早速、「おはり教えます」と、小さな木札を軒先に吊した。長屋の者には判読しがたい変った書体で、それは父親譲り、裁縫《おはり》は絹物、久留米物など上手とはいえなかったが、これは母親譲り、月謝五十銭の界隈の娘たち相手にはどうにか間に合い、むろん近所の仕立物も引き受けた。
慌しい年の暮、頼まれた正月《はる》着の仕立に追われて、夜を徹する日が続いたが、ある夜更け、豹一がふと眼をさますと、スウスウと水洟をすする音がきこえ、お君は赤い手で火鉢の炭
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