火を掘りおこしていた。戸外では霜の色が薄れて行き、……そんな母親の姿に豹一は幼心にもふと憐みを感じたが、お君は子供の年に似合わぬ同情や感傷など与り知らぬ母だった。
「お君さんは運《かた》が悪うおますな」と、長屋の者が慰めに掛っても、
「仕方おまへん」と、笑って見せた。軽部の死、金助の死と相つづく不幸もどこ吹いた風かといった顔だったから、愚痴の一つも聞いてやり、貰い泣きもさして貰いまひょと期待した長屋の女たちは、何か物足らなかった。
 大阪の路地にはたいてい石地蔵が祀《まつ》られていて、毎年八月の末に地蔵|盆《さん》の年中行事が行われたが、お君の住んでいる地蔵路地は名前からして、他所《よそ》の行事に負けられなかった。戸毎に絵行燈をかかげ、狭苦しい路地の中で、近所の男や女が、
 ――トテテラチンチン、トテテラチン、チンテンホイトコ、イトハトコ、ヨヨイトサッサ、……と踊った。お君は無理して西瓜二十個寄進し、薦められて踊りの仲間にはいった。お君が踊りに加わったため、夜二時までとの警察のお達しが明け方まで忘れられた。
 相変らず、銭湯で水を浴びた。肌は娘の頃の艶を増していた。ぬか袋を使うのかと訊
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