電燈をつけた電車が何台も立往生し、車体の下に金助のからだが丸く転っていた。ぎゃッと声を出したが、不思議に涙は出ず、豹一がキャラメルのべとべとひっついた手でしがみついて来たとき、はじめて咽喉の中が熱くなった。そして何も見えなくなった。やがて、活気づいた電車の音がした。
 その夜、近所の質屋の主人が大きな風呂敷包をもってやって来、おくやみを述べたあと、
「実は先達《せんだって》お君はんの嫁入りのときでしてん。支度の費用や言うてからに、金助はんにお金を御融通しましたのや。そのときの品が、利子もはいってまへんので、もう流れてまんネやけど、なんやこうお君はんとこでは大切な品や思いまんので、相談によって何せんこともおまへん、と、こない思いましてな。何れ電車会社の……」慰藉金を少くとも千円と見込んで、これでんねんと出したのを見ると、系図一巻と太刀一振だった。ある戦国時代の城主の血をかすかに引いている金助の立派な家柄が、それでわかるのだったが、お君にははじめて見る品だった。金助から左様な家柄に就てついぞ一言もきかされたこともなく、むろん軽部も知らず、軽部がそれを知らずに死んだのは、彼の不幸の一つだった
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