かったという意味になるが、実はその意志がなかったんだ。序でに言っとくと、僕は副部長待遇です。君、いいだろう? 『待遇』ってのは……。嬉しいじゃないか。え、へ、へ。そこでだね。君に教える第一のことは、先ず名刺をつくることだ。名刺を持たない新聞記者ってものは余っ程怠け者か、――この僕の如き――それとも余っ程腕利きのどちらかで、まあ、とにかく聞《ぶん》屋には名刺が要るもんだね。といったって、べつに聞屋が威張って良いというわけじゃないよ。聞屋の威張れるのは火事場だけだ。そう思って置けば、間違いないね」
「僕もそう思います」豹一は我が意を得たという顔で言った。
「そら良え現象や。ところが、威張る新聞記者は佃煮にするほどいますわい。なるほど、威張ろうと思えば、威張れるがね。しかし威張って良い理由はどこにも無いんだ。たとえば、よく使われる例だが、失業した新聞記者は水をはなれた魚のようにみじめなんだ。してみるとだね、てめえらが威張れたのは、てめえら自身の、――変ないい方だが、――人格ではなくて、実は背景になっている新聞のおかげだ。つまり、虎の威を借りている、といっては月並かな。君あれだよ、つまるところ新聞記者という特権を濫用しているんだよ」
 特権という言葉が出たので、豹一は土門の考えにすっかり共鳴してしまった。もっとも土門はその言葉をいうとき、ニキビをつぶしていた。いや、つぶす真似をしていた。
「咽喉が乾いた。珈琲もう一杯のもう」土門は新しい珈琲が来るとまた喋り続けた。「しかしまあ、とにかく名刺を作ることだね。君のような可愛い顔をした男が、半鐘が鳴って火事場に駆けつけても、名刺が無ければ通してくれないからね。八百屋お七が変装して吉三に会いに来たと思われるぜ。――失敬、失敬、そう怖い顔をするなよ。いや実際君の顔は可愛いよ。おれに変態趣味があれば、君に申込むね。全く、君はにくらしいほど美少年だ。僕は僕の少年時代を想い出すね。君とそっくりだった」
 豹一は危く噴きだすところだった。なにも豹一は自分を美少年と想っているわけではなかったが、しかし、不細工だと形容するほかの無い土門のそんな言葉には、さすがにあきれてしまった。土門はなおも洒蛙々々と続けた。
「君、用心すると良いよ。君のような美少年は危い。相手が女だとあれば、君も大いにやに下っても良いが、しかし、男に目をつけられるのは、目もあてられないからね、不気味ではあるな。いまはこの風潮は大いにすたったが、しかし昔は盛んだったね。いや、全くの話が、プラトンかソクラテスかどっちかが言っているように、男の肉体というものは女の肉体より綺麗だからね。彫刻を見ればわかるじゃないか。だから美意識の異常に発達した、たとえばうちの編輯長の如きが大いにこの趣味を解するのも無理はないね。君、編輯長に気をつけ給え。いや、これは臆測に過ぎんがね。しかし、どうもあの編輯長は臭いね。というのは、全然女に興味がないらしいんだ。それがあやしい。社の創立当時のことだがね、丁度夏だったもんで、奴さん褌一つで駆けずりまわる――のはおかしいか。駆けずりまわるときはさすがに洋服は着込んでいたらしいが、さて社で記事を書くときは褌一つだったんだ。まあ、それほど大車輪で目覚しかったんです。ところが、当時社長の女秘書がいたんだ。これがまた頗る美人で、おまけに名門の出だもんで、例の遊ばせ言葉と来てるんだ。じつは、結婚してたんだが、亭主が小間使に手を出したてんで、飛び出して尖端を切った職業婦人になったという代物なんだがね。この秘書女史が編輯長と同じ部屋にいたんだが、ある日、この女史が社長にいきなり辞意を表明したと、思い給え。その理由がなんだと思う……? うふふ」土門は嬉しそうに笑った。「――その理由ってのは、君、あれだよ。うふふふ……。編輯長さんの越中をなんとかしてもらえんか――って、そんな言い方はしなかっただろうが、ともかくまあそんな意味のことをやわりやわり社長に言ったんだね。社長もさすがに弱って、結局編輯長を呼びつけて曰くだ、――君、褌は困るね。せめて汚れない奴を着用してくれんか。――あははは」土門はまるで転げまわっていた。「――というわけで、問題はけりがついたが、ともかく美人の秘書の前で汚れた褌一つで平気でいるところを見ると、奴さん女には全然興味がないと見てまあ差支えないだろう? 少しでも興味があればだね、少くともステテコ位は穿いたろう。まあ、そう言ったわけで、女に興味が無いとすれば、残るのは美少年だ。どうだ、君、僕の推理は……? わりに筋が通ってるだろう? だからさ、まあ君は大いに編輯長に気をつけることだね。え、頼みまっせ。けっ、けっ、けっ」土門は口の泡を噛みながら笑った。
 いったい言葉の乱れている、――たとえば標準語と大阪弁がちゃんぽんになっ
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