ているような男には、健全な精神が欠けていると見てたぶん間違いはないが、この土門のような男はその代表的なものである。ことに土門は言葉が乱れているばかりでなく、その言い方が真面目に見えたり不真面目に見えたり、つまり、底抜けにふざけていて、いってみればデカダンスのにおいが濃いというわけだった。
 こういう男は得てして生真面目な男を怒らせるものなのだが、豹一は自分で思っているほどには人から生真面目に思われない男だったから、莫迦にされてるような気はしたものの、すっかり腹を立てるまでには到らなかった。それに突拍子もないところへ大阪弁が飛び出したりして、土門の態度に案外気取りのないところが、いくらか気に入っていたのである。
 もうひとつには豹一は土門の話よりも、土門の煙草を吸う動作にすっかり気を取られていたので、腹を立てる余裕などは無かったのだ。土門の煙草の吸い方はあきれるほど早かった。三分ノ一ほどせわしく吸うと、もう新しい煙草に火をつけている。それが休む暇もないのである。マッチをつけるのがもどかしいらしく、煙草から煙草へ火を吸い移すのだ。瞬く間に一箱を平げてしまうその早さに、一日掛って一箱がやっとの豹一はあきれてしまった。が、豹一が注意をそそられたのは、そのことだけではない。よく見ると、土門は必ず煙草の端をやたらに濡らすのである。そして、濡れたところをしきりに手でもみほごす。しまいにはそこをひき千切ってしまって、そして、ペッペッと煙草の葉を吐き出す。すると、もうそれを吸うのがいやになったらしく、やに色に焦げた指先で新しい煙草を取り出して火を吸い移している。話しっ振りの飄々たるに似合わぬ、なにか苛々とした焦燥がその吸い方に現われていたのである。なお注意して見ると、土門は話しながら、しきりに煙草の箱を千切っているのだ。瞬く間にテーブルの上が紙屑で一杯になってしまうのだった。千切るのは煙草の箱だけではない。マッチ、メニュー、――手当り次第だった。
 話しっ振りも動作もどちらも行儀がわるいと言ってしまえば、いちばん分り易かったが、しかし、豹一はなぜかその土門の苛々した態度になんとなく奇異なものを感じたのだった。
 土門はなおも喋り続けた。しかし、どうやら勤務時間をサボっての閑あかしらしい土門の気焔をここに写すのは、これぐらいに止めて置こう。どうせ土門と豹一はその夜また会うことになっているのだ。
「どや、今晩つきあわんかね?」土門にすすめられて、豹一は断り切れなかったのである。
「債権者の方から逃げる手はないぞ!」一応断ると、土門はそう言った。豹一は土門のような男には尻込みしたさまを見せたくないと思った。たとえ地獄へ一緒に行こうというのであっても……。また、土門が天国へ行こうという筈もないわけだ。それだからこそ、一層尻込みしたくなかったのである。

      五

 その日、夕方の六時に豹一は弥生座の前で土門と落ち合うことになっていた。
 豹一は約束の時間より少し早目に弥生座の前に立っていた。冬の日は大急ぎで暮れて行った。六時を過ぎても土門は姿を見せなかった。しょんぼり佇んで千日前の雑閙に注意深く眼を配っていると、なにか新社員のみじめさといったものが寒々と来た。道頓堀の赤玉のムーラン・ルージュが漸くまわり出して、あたりの空を赤く染めた。待たされている所在なさに、ぼんやり赤い空を仰いでいると、いきなり若い女の体臭が鼻をかすめた。レヴュガールが三人、ぽかんと突っ立っている豹一の前を通り過ぎたのだった。弥生座へはいって行くその後姿を見て、豹一はふとそのなかの一人が靴下も穿かぬ足を寒そうに赤くしているのに、心を惹かれた。
 土門はなかなか現れなかった。豹一にとっては気の毒な話だが、土門は約束の時間を守らないことで定評があった。遅れて来ることもあれば、むやみに早く来ることもある。早く来た時は、相手の来ぬ間にしびれを切らして帰ってしまうので、結局来ないのと同じ結果になるのだった。今日は遅れて来るつもり――いや、土門に「つもり」などがあろうか、ともあれ遅れて来るらしい。当分豹一は待たねばならない。
 土門が来るまでに、大急ぎで土門に就いて述べて置こう。
 土門は自分では五十歳だといいふらしているが、本当は三十六歳である。しかし、如何にも三十六歳らしい顔をしている土門の印象を捉えることは容易ではない。つまり非常に老けて見えたり若く見えたりするのだ。土門は自分自身の印象を変えるために、随分苦心していると、思われる節がある。たとえば豹一が見たのは頭髪をむやみに伸ばして眼鏡を掛けたところだったが、一月経てば、丸坊主になり、眼鏡を外してしまっていないとは保証出来ないのである。夏にスキー帽を被って、劇場へ現われたりする。毎年一回昇給するその翌日は、必ず洋服を着変えて出社し
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