ら、彼の自尊心は矢野の顔を想い出すことによって、勝利感どころか、全く粉微塵になってしまったのだ。
(あいつはこの女を自由にしていたのだ!)自分を情けない状態に置くためには、そのことを思うだけで充分だった。(この女もあいつの自由になることを喜んでいたのだ! 丁度こんな風に……)それを感覚的に想像するに及んで、彼の苦悩は極まった。
自尊心を問題外に考えても、感覚的な嫉妬とともに始った最初の恋ほど苦しいものはまたとあるまい。女の魅力が増せば増すほど、嫉妬の苦しみは大きいのだ。
可哀相に豹一は夜通し悩み続けた。ことにやりきれなかったのは、彼がいままで嫌悪していたことは、女の意志に反して行われるものと思っていたのに、意外にもそれは思いちがいだったということだった。
彼は女の生理の脆さに絶望してしまった。彼がいきなり多鶴子を突き飛ばしたのも無理はなかった。
(女って駄目だ!)なぐりつけたいような気になった。
「矢野とはなんにもなかったと、誓ってくれ!」半泣きの声を出して、そんな無理なことを言ったかと思うと、
「いまでも矢野が好きなんだろう?」噛みつくように言って、ピシャリと多鶴子の頬をなぐった。
いかにも内気らしくおどおどしたり、つんと済ましこんでいたり、随分ぎこちない豹一ばかり見て来た多鶴子は、そんな情熱的な豹一を見ると、思わず唇の端に微笑を泛べた。そして、恐らくは無意識だったろうが、もっと彼を苛めるようなことを、ふといってしまった。
「ダンサーをしていた時、いろんな人に口説かれて困ったわ、伊太利人もあったわ」
ちょっとした昔話と、きき流せることも出来る言い方だったが、豹一の顔は途端に曇った。
「好きになったんだろう? 誰か……」
「そりゃ、少しは……。しかし、たいしたことはなかったわ」
「どんな人?」
「やっぱり踊りの上手な人ね。リードのうまい人だったら、踊ってる間だけ、ちょっと迷わされるわ」
豹一の顔はにわかに歪んだ。数えきれぬほど沢山な男に抱かれて踊っていたのだと思うだけでもやりきれなかったのに、踊ることによって自他ともにひそかに愉む気があったのかと思えば、もう豹一の嫉妬は果てしがなかった。
そんな豹一を見て、多鶴子はもう自分の年齢を気にしなくとも良いと思った。じつは多鶴子は、隠してはいたが、豹一よりも六つも年上であることに女らしい負目を感じていたのであっ
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