た。なお彼女は、豹一の狂暴的な嫉妬に心を打たれてしまった。矢野は嫉妬の素振りも見せぬほど円熟していた。ときには憎いと思われるぐらい紳士であった。それに比べると、豹一の表情のひとつひとつはそのまま恋する男のそれであった。
(こんな情熱的な人を見たことがない)多鶴子はそう思った。
 豹一がもし四十男であったなら、彼の嫉妬ぶりにはさすがの多鶴子もうんざりしたところであろうが、その点彼の若さがそれを救っていた。
(初心なんだわ)感激した彼女は豹一に、
「これまであんたほど好きになった人はないわ」と、言った。
 自尊心の強い彼女としては、よくよくの言葉だった。他の男、たとえば矢野には言えなかった言葉だった。相手が豹一だから言えたのである。だから、豹一は喜んでもよかったのだ。ところが、豹一は「これまで……」といういい方が気にくわなかった。
(これまで[#「これまで」に傍点]何人の男に惚れたんだろう?)
 ほんの言葉の端にも、(嫉妬)がひっ掛かって行くのだった。なお、そんな風に「好きになった」とはっきり言われるのも辛かった。いっそ嫌いだと言われた方がサバサバするのだった。愛されていると思うと、一層嫉妬の苦しみが増すばかりだった。
 豹一は朝までけわしい表情を続けていた。そして、朝になると、その表情は一層はげしくなった。
 朝刊に昨夜「オリンピア」の表で暴行事件があったと、出ていたのである。

[#ここから3字下げ]
東洋新報記者撲らる
   原因は女出入か?
[#ここで字下げ終わり]

 そんな風な見出しであった。どの新聞にも出ているというわけではなく、載せているのは「中央新聞」だけだったが、「中央新聞」は「東洋新報」と色彩を同じくし、いわば文字通りの商売敵だった。従って皮肉な調子が記事にあらわれていた。朝の珈琲を応接間の長椅子に腰かけて飲みながら、新聞を読むという余り柄にもないことをやったばっかしに、そんな記事を読まされてしまったのである。豹一は黙ってそれを多鶴子に渡した。
 多鶴子は記事のなかから、自分の名前を見つけてしまうと、いきなり、(あ、佐古が書かしたんだわ)と思った。
 豹一とそのような関係になった以上、佐古の嫉妬の仕業だと思うのは一応当然ではあったが、じつはその記事は撲った道頓堀の勝の友人の記者が書いたのだった。佐古のためにここで弁解して置くが、佐古の与り知らぬこと
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