に、「二度と再び『オリンピア』……」云々といったそうである。だから、運転手の想像によると、撲った男はいろおんなを豹一にとられたのか、それとも「オリンピア」に頼まれてやったのかどちらかだというのであった。それをきいて多鶴子はなにか自分の責任を感じた。だから、「看病」の義務はあると思った。ひとつには、女中が豹一を看病することに異常な情熱を見せたので、多鶴子はなにか気色を損じ、女中に任せきりで置くというわけにいかなかったのである。
 可哀相に豹一は氷枕をあてがわれた。飛びあがるほど冷たかったのと、そんな風に病人扱いにされる恥しさのため、豹一は到頭熱を出してしまった。多鶴子は看病の仕甲斐があったわけである。彼女はすっかり疲労してしまった。
 女中は自分が看病出来ぬので、すっかり多鶴子に嫉妬を感じた。女中は漠然とした不安を抱きながら、眠った。
 この不安は適中した。恥しさのため腹を立てんばかりに逆上してしまった豹一と、疲労のために日頃の半分も理性が働かなかった多鶴子は、ありきたりの関係に陥った。
 戸外は小雪だった。

      二

 昔なら、たとえば平安時代なら、美貌の男女の関係を述べるのに、一頁も要しなかったところだろうが、現代の、しかも頗る自負心の強いこの二人には右のような数々の偶然が必要であった。
 女中が想像するぐらいだから、極めてありふれたことにはちがいないというものの、そうした偶然がなければ、かりにお互いにどれだけ好き合っているにしても、めったにそういう関係に陥らなかったであろう。
 もはやなにひとつ拒むものがなくなってからも、多鶴子は思い出したように、豹一を突き飛さんばかりにした。が、突き飛したといえば、豹一の方も同様であった。
彼の精神状態はいかに逆上しているときでも、全部は朦朧としてしまわないという点で、特異性があった。頑固な牧師のようにひそかに抱いているある種の嫌悪は、その時も敏感な蛇のように鎌首を擡げていた。母親の顔、東銀子の薄い胸細い足、それらが泛んでは消え、消えては泛んだ。そのため、豹一はもっとも楽しかるべきときでさえ、残酷な犯罪を犯したあとのようなけわしい表情になっていた。嫌悪しているものに逆に惹きつけられるという、捨鉢な好奇心は彼に慟哭の想いをさせてしまったのである。
義務を果したという、自尊心の満足もこの時はてんで役に立たなかった。なぜな
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