は、かえって黙っていることによってはじめて実を結んだ。
 だが、さすがに豹一は余り黙っているので、いつまでもついて歩いているのは浅ましいことだと、思った。豹一は多鶴子の顔を非常に美しいと、意識しながら、
「僕ここらで失礼します」と、言った。そして、だしぬけに傍を離れてしまった。
 そんな風にいきなり立ち去ろうとした豹一を見て、多鶴子ははじめてわれにかえった。
「あ、毛利さん」呼び止めて、「今夜『オリンピア』へ来て下さらない?」と、言った。
 そして、豹一の方へ二、三歩駆寄った。
 寒い風が日のかげった舗道に吹いた。
 豹一は、
「ええ」と、声をあげた。そして別れた。

    第三章

      一

 佐古の顔を見なければならぬかと思うと、多鶴子はもう「オリンピア」へ行く気がしなかった。しかしはっきりとそう言う名はついていないが、前借乃至契約金に似た金を貰っている以上、いきなり廃めてしまうわけにはいかなかった。人気稼業をしていただけに、契約の重んずべきことは判りすぎるほど知っていた。どうしようかと、多鶴子は朝から思案していたのである。
 ところが、豹一に「今夜『オリンピア』へ来て下さらない?」と言った瞬間に彼女の心は決ってしまった。
 いきなり廃めてしまっては角が立つ。佐古には昨夜のことは知らぬ顔を見せて置けば良いのだと、多鶴子はいつもの時間に「オリンピア」へ出掛けた。
 しかし、なぜ豹一に「オリンピア」へ来てくれと言ったのであろうか。
 一人でも多く客を勧誘するための商売気からだときいても、相手が豹一とあれば、いくら宣伝係とはいえ、佐古も喜ぶまい。むろん、そんな気持からではなかった。いうならば、多鶴子自身それをはっきり意識しなかったことだが、やはりその夜もう一度豹一と会わずにはいられなかったのである。と、いって浮わついた気持でもなかった。少年のような豹一を相手に恋人なんぞ考えてみてもおかしい、つまりその日思い掛けなく矢野に会うたという心の動揺が、豹一というあまり男臭くない杖を必要としたのだった。
 矢野と会うのは五ヵ月振りだった。事件が起って以来である。会いたくても会えなかった。世間が会わさないのだと、多鶴子は思っていた。そう思いたかった。事件を良い機会に矢野の方から逃げ出したとは、思いたくなかった。向うも会いたいと思っているのだろうと、信じていた。が、矢野の
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