(おれは人気女優と肩を並べて歩いているのだ!)
悪い気はしなかった。が、かねがね豹一は「人気」などというものは軽蔑していた筈ではないか、それを、こんな風に喜んでいるのは、矛盾といってよいのか、あるいは彼の若さといってよいのか、――ともあれ他人がこんな考えを抱いているのを見ると、豹一はむかむかと軽蔑心が湧いて来るところだった。しかし、さすがに豹一は、そういう矛盾に気づいたのか、それとも照れていたのか、すっかり悦に入ってしまっているわけではなかった。
だから、そんな風に質問されて、「いや、光栄のいたりです」などと、たとえ笑いながらにしても、言うような莫迦げたことはしなかった。といって、咄嗟に良い返答も泛ばなかった。
「まあ、しかし……」結局、そんな風に口のなかで呟いた。
多鶴子は気色を損じてしまった。豹一は多鶴子の心の動きに敏感になっていたから、すぐ、(拙いことを言ったもんだ)と、気がついて、
「僕いま勤務時間中をサボってることになるんです。たまにサボるのも良いですね」苦しい弁解だった。
が、この言葉は釈りようによっては「私と歩くのはお嫌い?」という多鶴子の問に答えていることになった。少くとも多鶴子は、豹一が自分と一緒に歩くことを喜んでいるものと釈りたかった。釈った。
つまり、その苦しい弁解はいくらか成功だった。多鶴子も満足したし、また豹一も満足出来た。誰にきかれても恥しくない言葉だったからである。
この豹一の慎重さは、なお見るべき効果を収めた。彼は厚面しい男や、抒情的な恋人のよく使う、
「こうして歩いているところを見たら、ひとはどう思うでしょうかね?」
というような、思わせ振りな言葉はあくまで警戒していた。つまり、教養ある女をいっぺんにうんざりさせてしまうような言葉を、調子に乗ってうかうかと口にするようなことはしなかったのである。そのため、多鶴子は若い新聞記者と肩を並べて御堂筋の舗道をわざわざ往復しているということを、必要以上に意識せずに済んだ。自然豹一の心を惹きつけるための無意識な媚はすらすらと発露された。豹一は自惚れても良かったのである。ところが、意外な出来ごとのために、豹一は全然正反対の気持になってしまった。
大丸の前まで来た時だった。
「毛利さんに妹さんがあったら、きっと綺麗な人だと思うわ」
と、相手の嬉しがるような言葉を口に出しかけた多鶴
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