こんな回想に耽っていると、コトンコトンと床の間の掛軸が鳴った。雨戸の隙間からはいる風が強くなって来たらしい。千日前の話は書けそうにもない。私は首を縮めて寝床にはいった。そして大きな嚔を続けざまにしたあと、蒲団の中で足袋を脱いでいると、玄関の戸を敲く音が聞えた。家人は階下で熟睡しているらしい。
 風が敲くにしては大きすぎる。といってこんな夜更けに客が来るわけもない。原稿の催促の電報が来たのだろうか。が、近頃の郵便局は深夜配達をしてくれる程親切ではない。してみれば押込強盗かも知れない。この界隈はまだ追剥や強盗の噂も聴かないが、年の暮と共に到頭やって来たのだろうか。そう思いながら、足袋のコハゼを外したままの恰好で、玄関へ降りて行った。
 そっと戸を敲いている。
「電報ですか」
「…………」返辞がない。
 家の三軒向うは黒山署の防犯刑事である。半町先に交番がある。間抜けた強盗か、図太い強盗かと思いながら、ガラリと戸をあけると、素足に八つ割草履をはいた男がぶるぶる顫えながらちょぼんと立ってうなだれていた。ひょいと覗くと、右の眼尻がひどく下った文楽のツメ人形のような顔――見覚えがあった。
「横堀じ
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