ゃないか」小学校で同じ組だった横堀千吉だった。
「へえ。――済んまへん」
ふとあげた顔を面目なさそうにそむけた。左の眼から頬へかけて紫色にはれ上り、血がにじんでいる。師走だというのに夏服で、ズボンの股が大きく破れて猿股が見え、首に汚れたタオルを巻いているのは、寒さをしのぐためであろう。
「はいれ。寒いだろう」
「へえ。おおけに、済んまへん。おおけに」
ペコペコ頭を下げながら、飛び込むようにはいり、手をこすっていた。ほっとしたような顔だった。たぶん入れて貰えないと思ったのであろう。もっともそれだけの不義理を私にしていたのだった。
横堀がはじめ私を訪ねて来たのは、昭和十五年の夏だった。その頃私の著書がはじめて世に出た。新聞の広告で見て、幼友達を想いだして来たと言い、実は折入って頼みがある。自分は今散髪の職人をしているのだが、今度わけがあってせんに働いていた市岡の理髪店を暇取って、新世界の理髪店で働こうと思う。それについて保証人がいるのだが、自分には両親もきょうだいも身寄りもない、ついては保証人になって貰えないだろうかと言うことだった。私はすぐ承知したが、それから二月たたぬ内に横堀は店
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