。――僕にもビール、あ、それで結構」
「青春の逆説というわけ……?」発売禁止になった私の著書の題は「青春の逆説」だった。
「まアね、僕らはあんた達左翼の思想運動に失敗したあとで、高等学校へはいったでしょう。左翼の人は僕らの眼の前で転向して、ひどいのは右翼になってしまったね。しかし僕らはもう左翼にも右翼にも随いて行けず、思想とか体系とかいったものに不信――もっとも消極的な不信だが、とにかく不信を示した。といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟ったような悟らないような、若いのか年寄りなのか解らぬような曖眛な表情でキョロキョロ青春時代を送って来たんですよ。まア、一種のデカダンスですね。あんた達はとにかく思想に情熱を持っていたが、僕ら現在二十代のジェネレーションにはもう情熱がない。僕はほら地名や職業の名や数字を夥しく作品の中にばらまくでしょう。これはね、曖眛な思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性だと思ってやってるんですよ。人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思想よりも、腹をへらしている人間のペコペコの感覚の方が信ずるに足るというわけ。
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