あった。これは書けると、作家意識が酔い、酒の酔は次第に冷めて行った。
 丁度そこへ閉っていたドアを無理矢理あけて、白いズボンが斬り込むように、
「一杯だけでいい。飲ませろ」とはいって来た。左翼くずれの同盟記者で大阪の同人雑誌にも関係している海老原という文学青年だったが、白い背広に蝶ネクタイというきちんとした服装は崩したことはなく、「ダイス」のマダムをねらっているらしかった。
 私を見ると、顎を上げて黙礼し、
「しんみりやってる所を邪魔したかな」とマダムの方へ向いた。
「阿呆らしい。小説のタネをあげてましてん。十銭芸者の話……」とマダムが言いかけると、
「ほう? 今宮の十銭芸者か」と海老原は知っていて、わざと私の顔は見ずに、
「――オダサク好みだね。併し君もこういう話ばっかし書いているから……」
「発売禁止になる……」と言い返すと、いやそれもあるがと、注がれたビールを一息に飲んで、
「――それよりもそんな話ばかし書いているから、いつまでたっても若さがないと言われるんだね」そう言い乍ら突き上げたパナマ帽子のように、簡単に私の痛い所を突いて来た。
「いや、若さがないのが僕の逆説的な若さですよ
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