と、訊きかえすと、
「あんた、知りはれしまへんのんか。肺病に石油がよう効くということは、今日《きょう》び誰でも知ってることでんがな」
「初耳ですね」
「さよか。それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」
肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。
「そんな話迷信やわ」
いきなり女が口をはさんだ。斬り落すような調子だった。
風が雨戸を敲いた。
男は分厚い唇にたまった泡を、素早く手の甲で拭きとった。少しよだれが落ちた。
「なにが迷信や。迷信や思う方がどだい無智や。ちゃんと実例が証明してるやないか」
そして私の方に向って、
「なあ、そうでっしゃろ。違いまっか。どない思いはります?」
気がつくと、前歯が一枚抜けているせいか、早口になると彼の言葉はひどく湿り気を帯びた。
「…………」
私は言うべきことがなかった。すると、もう男はまるで喧嘩腰になった。
「あんたも迷信や思いはりまっか、そら、そうでっしゃろ。なんせ、あんたは学がおまっさかいな。しかし、僕かて石油がなんぜ肺にきくかち
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