勝負師
織田作之助

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)業《ごう》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「と金」に傍点]
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 池の向うの森の暗さを一瞬ぱっと明るく覗かせて、終電車が行ってしまうと、池の面を伝って来る微風がにわかにひんやりとして肌寒い。宵に脱ぎ捨てた浴衣をまた着て、机の前に坐り直した拍子に部屋のなかへ迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思って団扇ではたくと、チリチリとあわれな鳴き声のまま息絶えて、秋の虫であった。遠くの家で赤ん坊が泣きだした、なかなか泣きやまない。その家の人びとは宵の寝苦しい暑さをそのままぐったりと夢に結んでいるのだろうか、けれども暦を数えれば、坂田三吉のことを書いた私の小説がある文芸雑誌の八月号に載ってからちょうど一月が経とうとして、秋のけはいは早やこんなに濃く夜更けの色に染まって揺れているではないか。そう思ってその泣き声を聴いていると、また坂田三吉のことが強く想い出されて、
「どういうもんか、私は子供の泣き声いうもんがほん好きだしてな、あの火がついたみたいに声張りあげてせんど泣いてる子供の泣き
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