キゾチックな建築で、装飾もへんにモダーンだから、まるで彼に相応わしくない。赤暖簾のかかった五銭喫茶店へはいればしっくりと似合う彼が、そんな店へ行くのにはむろん理由がなくてはかなわぬ。女だ。「カスタニエン」の女給の幾子に、彼の表現に従えば「肩入れ」しているのである。
もう十日も通っているのだ。いや、通うというより入りびたっているといった方が適当だろう。店があくのは朝の十一時だが、十時半からもうボックスに収まって、午前一時カンバンになるまでねばっている。ざっと十三時間以上だ。その間一歩も外へ出ない。いわば一日中「カスタニエン」で暮しているのだ。梃《てこ》でも動かぬといった感じで、ボックスでとぐろを巻いているのだ。しかし、十三時間の間、幾子と口を利くのはほんの二言か三言だ。あとは幾子の顔を見ながら、小説のことを考えたり、雑誌を読んだり、客と雑談したりしているのだ。客のなかには文学青年の入山もいる。なかなかの美青年で、やはり幾子に通っているらしい。いわば二人は心ひそかに張り合っているのだ。そしてお互い自分の方に分があると思っているのだ。
幾子は誰からも眼をつけられていた。そしてそんな女らし
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