、隊長の酒の肴を供出するような農民は昭和二十年の八月にはもういなかった。
「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんにでも、へいと言って出せるもんですか」
 そう言われると、二人は、
「自分たちもそう思います」
 と、うっかり(というより寧ろ本心から)そう答えてしまい、これでは手ぶらで帰るより仕方がなかった。
 しかし、聴けば、たった一軒、兵隊さんになら、どんなことでも喜んできくという「兵隊きちがい」の松尾という家があるという。
 二人は早速いそいそと松尾家を訪問した。ところが、
「鶏ですか。惜しいことをしましたよ。あればお安いことなんですが、うちに一羽残っていた奴を今さきつぶしてしまった所なんですよ。一足違いでしたよ」
 という返事である。
 しょんぼりと松尾家の玄関を出ると、
「どうせ、こんなことだろうと思った」
 と、白崎は赤井の顔を見ながら、苦笑した。白崎はかねがね、
「俺はいつも何々しようとした途端に、必ず際どい所で故障がはいるのだ」
 と、言っており、何か自分の運命というものに諦めをつけていたのである。
 やがて
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