二人はとぼとぼ帰って行った。暮れにくい夏の日もいつか暮れて行き、落日の最後の明りが西の空に沈んでしまうと、夜がするすると落ちて来た。
 急いで帰らねば、外出時間が切れてしまう。しかし、このまま手ぶらで帰れば、咽から手の出るほどスキ焼きを待ちこがれている隊長の手が、狂暴に動き出して、半殺しの目に会わされるだろうことは地球が、まるい事実よりも明らかである。
 そう思うと、二人の足は自然渋って来た。
「撲られに帰るのに、あわてて帰る奴がいるものか」
 しかし急がねば遅れる。遅れたが最後無事には済むまい。
「脱走したくなるのはこんな時だなア」
 降るような星空を仰いで、白崎は呟いた。
「ほんまに、そやなア」
 赤井は隊の外へ出ると、大阪弁が出た。
「――しやけど、脱走したら非国民やなア」
「うん。しかし、蓄音機の前で浪花節を唸ったり逆立ちをしたり、徴発に廻ったりするのが立派な国民というわけでもないだろう」
「そない言ったら、そやなア」
「しかし、何だか脱走はいやだなア。卑怯だよ、第一……」
「ほな、撲られに帰るいうのやなア」
「いや」
 と、白崎は急に眼を光らせて、
「撲りに帰る」
「えっ、誰
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