赤井はふと、
「聴いたような声やな」
 と、さすがに声の商売だけに、敏感だった。
「あッ、そうや。慰問で聴いた歌や」
 そう判った途端、赤井は何思ったかミネ子の手をひっぱって、大阪の放送局のある馬場町の方へかけ出して行った。
 丁度その頃、白崎もその放送を聴いていた。バラックにはもう、ラジオも電話もついていたのだ。父が声を掛けた。
「おい、第二放送に変えようか」
「いや、この方がいいですよ」
「歌はきらいだった筈だが……」
「あはは……」
 他愛なく笑って、「荒城の月」を聴いていたが、急に、
「お父さん、今日の新聞は……?」
「お前の膝の上だ」
「あッ、そうか」
 頭に手を当てて、膝の上を見て、ラジオ欄の「独唱と管弦楽、杉山節子、伴奏大阪放管」という所を見ると、
「杉山節子……? そうだ、たしかそんな名前だった。大阪放管? じゃ、大阪からの放送だ」
 と、呟いていたが、やがてそわそわと起ち上って、電話を掛けに行った。
「……もしもし、放送局ですか。実は今放送しておられる杉山節子さんに急用なんですが、電話口へ呼んで下さいませんか」
「うふふ……」
 交換手は笑って、
「放送中の人を、電話
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