だ。
「おや、やる気やな。面白い! 撲れるものなら撲ってみろ! しかし、言っとくが、もし、俺の身体に指一本でも触れてみやがれ……」
 赤井は、なんだ、なんだと集まって来た弥次馬を見廻しながら、
「この人達に、貴様が戦争の終った日に、何と何とをトラックで運ばせたか、一部始終ばらしたるぞ!」
 そう言うと、隊長は思わず真赧になって、唸っていたが、やがて、
「覚えとれ!」
 そして、そわそわと逃げるように立ち去った。顔に靴墨の跡を残したまま。
「阿呆! 貴様のような阿呆のこと、いつまでも覚えてられるか。あはは……」
 赤井はサバサバとした笑いを、久し振りに笑った。
 やがて、一日の仕事が終って、日が暮れると、赤井はミネ子の手をひいて、南炭屋町のわが家の焼跡に作った壕舎へ帰って行った。
 昼間の出来事で溜飲は下がったものの、しかし、夜の道は暗く寂しく、妻や子は死んでいるのか生きているのかと思えば、足は自然重かった。
 途中にあるバラックから灯が洩れ、ラジオの歌が聴こえていた。
「あ、ラジオが聴こえてる」
 と、ミネ子は立ち停った。歌は「荒城の月」だった。
 ミネ子のつきあいで聴いているうちに、
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