い、涙拭いて聴きや」
そして、小声で落語を語りだすと、ミネ子ははじめ面白そうに聴いていたが、しかし直ぐシクシクと泣きだした。赤井の声も次第に涙を帯びて来て、半泣きの声になり、もうあとが続かなかった。そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。
「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」
浮浪者の中から、声が来た。
「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生やぜ」
言いながら、涕き声になると、ひしとミネ子を抱きしめて、
「ミネちゃん、おっさんの子になるか」
「なる。おっちゃん、ミネちゃんのお父ちゃんやな。ほな、ミネちゃんのお母ちゃんは……?」
「…………」
赤井は鉛のように寂しくだまっていた。眼の奥がじーんと熱くなり、そして、かつての落語家の頬をポトリと伝う涙は、この子の母親になる筈の自分の妻と、そしてこの子のきょうだいになる筈の自分の子を、明日はどこへ探しに行けば良いのかという頼り無さだった。
夜が明けると、赤井はミネ子と二人で、大阪中を歩きまわった。
一方、白崎も何となくそわそわと探したい人があった。が
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