「もっとも市電がなかったので、背中の荷を軽くしなければ焼跡を歩いて帰れませんからね」
「そんなことだろうと思ったよ。しかし、ついでにそのトランクもくれてやって来たのなら、なお良かったんだが……」
「いや、これはだめですよ。こりゃ僕のじゃありませんからね」
「じゃ、誰のだ」
「あはは……」
「変な笑い方をするなよ。あはは……。何だか胸に一物、背中に荷物ってとこかな。あはは……」
「あはは……」
 父子は愉快そうに笑っていた。
 丁度その頃、赤井は南炭屋町の焼跡にしょんぼり佇んでいた。
 かつて、わが家のあったのは、この路地の中だと、さすがに見当はついたが、しかし、わが家の姿は勿論、妻や子の姿は、どこへ消えてしまったのか、まるで見当がつかなかった。
 眼の底が次第に白く更け、白い風が白く走る寒々とした焼跡に、赤井はちょぼんと佇んでいたが、やがてとぼとぼと歩きだした。が、どこへ行こうとするのか、妻子を探す当てもなく、また、今夜の宿を借りる当てもない。
 当てもないままに、赤井はひょこひょことさまようていたが、やがて耳の千切れるような寒さにたまりかねたのか、わずかの温みを求めて、足は自然に難波
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