ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱……」という歌を歌い終った時、いきなり、
「今の歌もう一度歌って下さい」
 と叫んだ兵隊が、この人だと思いだしたのである。
 そのことを言うと、白崎は頭をかいて、
「いやア、実は僕は元来歌というものが余り好きじゃないんですが、あの歌は僕の高等学校の寮歌だったもんですから、ついなつかしくって……」
「あら、じゃ、学校は京都でしたの」
「ええ、三高です」
 と、いうと、なつかしそうに、
「私、京都ですの。沼津の田舎へ疎開していたのですけど、これから……」
「京都へ……?」
「ええ」
 じゃ、自分たちは大阪までだから、京都まで話が出来ると思うと、白崎は何かほのぼのとたのしかったが、ふと、赤井が二人の話ののけ者になっているのに気がついたので、
「ところで、あの時、あなたのあとで、落語をやった男がいるでしょう? ――この赤井君です」
 と、紹介した。
「どうぞ、御ひいきに――」
 ペコンと、ひょうきんな恰好で頭を下げたが、しかし、どこか赤井の顔は寂しそうだった。これから大阪へ帰っても、果して妻や子は無事に迎えてくれるだろうかと、消息の絶えている妻子のことを案じ
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