と言うと、
「へらすと言ったって、途中でやめるわけに行かぬ連載物が五つあるんだ。これだけで一月掛ってしまうよ。あと、ラジオと芝居を約束してるし、封鎖だから書けんと断るのは、いやだ。もっとも、文化文化といったって、作家に煙草も吸わさんような政治は困るね。金融封鎖もいいが、こりゃ一種の文化封鎖だよ。僕んとこはもう新円が十二円しかない」
「少しはこれで君も貯金が出来るだろう」
ひやかしながら、本棚の本を一冊抜きだして、バラバラめくっていると、百円札が一枚下に落ちた。
「おい、隠匿紙幣が出て来たぞ」
「おや、出て来たのか。しかし、隠匿じゃない、忘却紙幣だ。入れたまま忘れてしまっていたんだ。どっちにしても、旧紙幣だから、反古同然だ」
「どうしてまたこんな所へ入れて忘れたんだ」
「前の細君が生きてた頃に入れたのだから、忘れる筈だよ、実はあの頃、まだ競馬があったろう」
「うん、ズボラ者の君が競馬だけは感心に通ったね」
「その金はその頃競馬の資金に、細君に内緒で本の間へかくして置いたんだ。あいつ競馬というと、金を出さなかったからね」
「たった百円か」
「いや、あっちこっち入れて置いたから、探せばもっ
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