とある筈だ。旧円の預け入れの時想いだしたんだが、どの本に入れて置いたのか忘れてしまったから、探すのはやめた。いちいち探してると、朝まで掛って、その間原稿は書けんからね」
「しかし、奥さんにそう言って、探して貰えばよかったに」
「原稿を書いてる傍で、ごそごそ本をひっくりかえされるのは、仕事の邪魔だと思ったので、それもよしたよ」
「君のことだから、合服のポケットなんかに旧円がはいってやしないか。入れ忘れたままナフタリン臭くなってね」
「そうだ。そう言われてみると、はいってるかも知れんね」
と、済ました顔で、
「――以前は、財布を忘れて外出して弱ったものだが、しかし、喫茶店なんかのカウンターであっちこっちポケットを探っているうちに、ひょいと入れ忘れた十円札が出て来たりして、助かったことが随分あったよ」
「忘れて弱り、忘れて助かるというわけかね」
「しかし、これからはだめだ。探して出て来ても、旧円じゃ仕様がない」
「みすみす反古とは、変なものだね。闇市で証紙を売っていたということだが、まさかこんな風に出て来た紙幣に貼るわけでもないだろう」
そう言うと、彼は急に眼を輝した。
「へえ……? 証
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