うのがまた面倒くさい。
「そんなわけで、大した金額ではないが、無効になった為替や小切手が大分あるのだ」
 という十吉の話を聴いて、私は呆れてしまった。
「どうして、そうズボラなんだ」
「いや、ズボラというのじゃないんだ。仕事に追われていると、忘れてしまうんだ」
「煙草と同じでん[#「でん」に傍点]で、折角仕事しても、それじゃ何にもならんじゃないか。仕事をへらして、少しは銀行へも足を運んだ方が得だぜ」
「へらしてみたところで同じことだよ。今の半分にへらしても、やはり年中仕事のことを考えてるし、また年中仕事をしているだろう。仕事がなければ、本を読んでるだろうしさ」
「仕事の鬼」だと私は思った。

       三

 私は早いとこ細君を探してやるのが彼のためだと思った。
 細君はすぐ見つかって話も纏ったが、戦争が終って雑誌がふえたりして、彼の仕事も前より忙しくなって来て、結婚どころの騒ぎではないという。それで、式をあげるのをのびのびに延期していたところ、金融非常措置の発表があった。旧紙幣の通用するうちに、式をあげた方がいいだろうと説き伏せると、彼も漸く納得して、二月の末日、やっと式ということになった。
 仲人の私は花嫁側と一緒に式場で待っていたが、約束の時間が二時間たっても、彼は顔を見せない。
 私はしびれを切らせて、彼が降りる筈の駅まで迎えに行くと、半時間ほどして、真っ青な顔でやって来た。
「どうしたんだ」ときくと、
「徹夜して原稿を書いてたんだ。朝までに出来る積りだったが、到頭今まで掛った。顔も洗わずに飛んで来た」
「顔も洗わずに結婚式を挙げるのは、君ぐらいのものだ。まアいい。さア行こう」
 と、手を取ると、
「一寸待ってくれ。これから中央局へ廻ってこの原稿を速達にして来なくっちゃ、間に合わんのだ」
「原稿も原稿だが、式も間に合わないよ」
「いや、たのむから、中央局へ廻ってくれ」
 到頭中央局へ廻ったが、さて窓口まで来ると、何を想い出したのか、また原稿を取り出して、
「一寸、終りの方を直すから――」
 そして一時間も窓口で原稿を訂正していた。
 やっと式場へかけつけ、花嫁側に、仕事にかけるとこんな男ですからと、私が釈明すると、
「いや、仕事にご熱心なのは結構です」
 と、釈然としてくれて、式は無事に済んだ。
 ところが、四五日たって、新婚の夫婦を見舞うと、細君は変な顔をしていた。私は細君がいない隙をうかがって、
「どうした、喧嘩でもしたのか」ときくと、
「喧嘩はせんがね。どうもうまく行かん」
「立ち入ったことをきくが、肉体的に一致せんとか何とかそんな……」
「さアね」
 と赧くなったが、急に想いだしたように、
「――そういわれてみて、気がついたが、まだ一緒に寝たことがないんだ」
「へえ……?」
「忙しくてね、こっちはあれから毎晩徹夜だろう。朝細君が起きてから、寝るという始末だ」
「そんなこったろうと思った。しかし、初夜は一緒に寝たんだろう」
「ところが、前の晩徹夜したので、それどころじゃない。寝床にはいるなり、前後不覚に寝てしまったんだ」
 十日ほどたって、また行くと、しょげていた。
「何だか元気がないね」
「新券になってから、煙草が買えないんだ」
「旧券のうちに、買いためて置くという手は考えたの」
「考えたが、外出する暇がなくってね。仕事に追われていたんだ」
 と相変らずだった。
「原稿料もどうやら封鎖になるんじゃないかな。どうせ書きまくったって、新券ははいらぬのだし、煙草も吸えぬし、仕事はへらすんだね」
 そうなれば、夫婦仲もうまく行くだろうと言うと、
「へらすと言ったって、途中でやめるわけに行かぬ連載物が五つあるんだ。これだけで一月掛ってしまうよ。あと、ラジオと芝居を約束してるし、封鎖だから書けんと断るのは、いやだ。もっとも、文化文化といったって、作家に煙草も吸わさんような政治は困るね。金融封鎖もいいが、こりゃ一種の文化封鎖だよ。僕んとこはもう新円が十二円しかない」
「少しはこれで君も貯金が出来るだろう」
 ひやかしながら、本棚の本を一冊抜きだして、バラバラめくっていると、百円札が一枚下に落ちた。
「おい、隠匿紙幣が出て来たぞ」
「おや、出て来たのか。しかし、隠匿じゃない、忘却紙幣だ。入れたまま忘れてしまっていたんだ。どっちにしても、旧紙幣だから、反古同然だ」
「どうしてまたこんな所へ入れて忘れたんだ」
「前の細君が生きてた頃に入れたのだから、忘れる筈だよ、実はあの頃、まだ競馬があったろう」
「うん、ズボラ者の君が競馬だけは感心に通ったね」
「その金はその頃競馬の資金に、細君に内緒で本の間へかくして置いたんだ。あいつ競馬というと、金を出さなかったからね」
「たった百円か」
「いや、あっちこっち入れて置いたから、探せばもっ
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