鬼
織田作之助
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)十《じゅう》に
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「しんにょう」、第4水準2−89−74]
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一
はじめのうち私は辻十吉のような男がなぜそんなに貧乏しなければならぬのか、不思議でならなかった。
人は皆彼のことを大阪人だと言っている。大阪生れだという意味ではない。金銭にかけると抜目がなくちゃっかりしていると、軽蔑しているのである。辻という姓だから、あの男は十《じゅう》に※[#「しんにょう」、第4水準2−89−74]《しんにゅう》をかけたような男だと、極言するひとさえいる位だ。
それはひどいと私はそんな噂を聴いた時思った。しかし、彼の仕事振りを見ていると、やはり金銭のために堕落しているのではないだろうかと、思われる節がないではなかった。
彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を見守っていたのだが、文壇へ出て二三年たたぬうちに、はや才能の濫費をはじめた。
達者で、器用で、何をやらせても一通りこなせるので、例えば彼の書いた新聞小説が映画化されると、文壇の常識を破って、自分で脚色をし、それが玄人はだしのシナリオだと騒がれたのに気を良くして、次々とオリジナル・シナリオを書いたのをはじめ、芝居の脚本も頼まれれば書いて自分で演出し、ラジオの放送劇も二つ三つ書きだしているうちに、その方でのベテランになってしまい、戦争中便乗したわけでもなく、また俗受けをねらう流行作家になったわけでもないのに、仕事の量は流行作家以上に多かった。空襲がはげしくなって雑誌が出なくなっても、彼は少しも閑にならず、シナリオやラジオドラマや脚本の執筆に追われて、忙しい想いをしていた。
そんなにまで、いろいろと仕事に手を出すのは、単なる仕事好きとだけ考えられなかった。やはり金ではないかと私は思った。聴く所によると、彼はシナリオ料や脚本料など相当な高額を要求し、払いがおくれると矢のような催促をするそうである。おまけにそんな仕事の使いに来る人にも平気でおごらせたりしているらしい。だから、人々は辻は汚ない、けちけちと溜めている、もう十万円も溜めたろうと言っていた。あんなに若いのに金を溜めてどうするのだろう、ボロ家に住んでみすぼらしい服装をして、せっせと溜めてやがる、と軽蔑されていた。
ところが、その彼がある空襲のはげしい日、私に高利貸を紹介してくれという。
「高利貸に投資するつもりか」私は皮肉った。
「莫迦をいえ。金を借りるんだ」
「家でも買う金が足りないのか」
「からかっちゃ困るよ。闇屋に二千円借りたんだが、その金がないんだ」
「二千円ぐらいの金がない君でもなかろう。世間じゃ君が十万円ためたと言ってるぜ」
「へえ? 本当か?」
びっくりしていた。
「十万円あれば、高利貸に二千円借りる必要はなかろうじゃないか。デマだよ」
「十万円は定期で預けていて、引き出せんのじゃないかね」
「しつこいね。僕は生れてから今日まで、銀行へ金を預けたためしはないんだ。銀行へ預ける身分になりたいとは女房の生涯の願いだったが、遂に銀行の通帳も見ずに死んでしまったよ」
「ふーん」
私は半信半疑だったが、
「――二千円で何を買ったんだ」
「煙草だ」
「見たところよく吸うようだが、日に何本吸うんだ」
「日によって違うが、徹夜で仕事すると、七八十本は確実だね。人にもくれてやるから、百本になる日もある」
「一本二円として、一日二百円か。月にして六千円……」
私は唸った。
「それだけ全部闇屋に払うのか」
「いや、配給もあるし、ない時は吸殻をパイプで吸うし、しかし二千円はまず吸うかな」
「じゃ、いくら稼いでも皆煙にしてしまうわけだ。少し減らしたらどうだ」
「そう思ってるんだが、仕事をはじめると、つい夢中で吸ってしまう。けちけち吸っていると、気がつまって書けないんだ」
「いっそ仕事をへらしたらどうだ。仕事をへらせば、煙草の量もへるだろう。仕事をしてもどうせ煙になるんだから、しない方がましだろう。百円の随筆を書くのに百円の煙草を煙にしては何にもならない」
そう理詰めに言うと、十吉は、
「それもそうだな」
と、ひとごとのように感心していたが、急に、
「あ、そうだ、煙草だけじゃない。たまに珈琲も飲む」
「砂糖がよく廻るね」
「闇屋が持って来るんだが、ない時はサッカリンを使う」
「煙草に砂糖、高いものばか
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