さっぱりワヤ」になった人のような顔をしていなかった。聴けば他アやんは頼っていく縁故先が無いわけでもなかったが、縁故疎開も集団疎開もしようとせず、一家四人、焼け残った防空壕の中で生活しているのである。
「防空壕《ここ》やったら、あんた、誰に気兼遠慮もいらんし、夜空襲がはいっても、身体|動《いの》かす世話はいらんし、燈火管制もいらんし、ほんま気楽で宜しあっせ」
 そして、わては最後までこの大阪に踏み止って頑張りまんねんと、他アやんは言い、
「メリ助が怖うてシャツは着られまっかいな。戦争済んだら、またここで喫茶店しまっさかい、忘れんと来とくなはれ」
 実に朗かなものであった。「メリ助が怖うてシャツは着られまっかいな」というメリ助とは、メリケンのことであろう。メリケンが怖くてはメリヤスのシャツも着れないという意味の洒落にちがいないと、私はかねがね他アやんが洒落の名人であったことを想い出し、治に居て乱を忘れずとはこのことだと呟いているところへ、只今と帰って来たのは他アやんの細君であった。町会の事務所へ行って来た帰りだと細君は言い、そして、町会の事務所も町会長の家も焼けてしまったが、しかし町会長の
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