郷愁
織田作之助
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)暈《かさ》のように
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夜の八時を過ぎると駅員が帰ってしまうので、改札口は真っ暗だ。
大阪行のプラットホームにぽつんと一つ裸電燈を残したほか、すっかり灯を消してしまっている。いつもは点っている筈の向い側のホームの灯りも、なぜか消えていた。
駅には新吉のほかに誰もいなかった。
たった一つ点された鈍い裸電燈のまわりには、夜のしずけさが暈《かさ》のように蠢いているようだった。まだ八時を少し過ぎたばかしだというのに、にわかに夜の更けた感じであった。
そのひっそりとした灯りを浴びて、新吉はちょぼんとベンチに坐り、大阪行きの電車を待っていると、ふと孤独の想いがあった。夜の底に心が沈んでいくようであった。
眼に涙がにじんでいたのは、しかし感傷ではなかった。四十時間一睡もせずに書き続けた直後の疲労がまず眼に来ているのだった。眠かった。――
睡魔と闘うくらい苦しいものはない。二晩も寝ずに昼夜打っ通しの仕事を続けていると、もう新吉には睡眠以外の何の欲望もなかった。情欲も食欲も。富も名声も権勢もあったものでは
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