荒神口でしょうか」
「いや、清荒神です、ここは」
新吉は鈍い電燈に照らされた駅名を指さした。
「この辺に荒神口という駅はないでしょうか」
「さア、この線にはありませんね」
「そうですか」
女はまた改札口を出て行って、きょろきょろ暗がりの中を見廻していたがすぐ戻って来て、
「たしかここが荒神口だときいて来たんですけど……」
「こんなに遅く、どこかをたずねられるんですか」
「いいえ、荒神口で待っているように電報が来たんですけど……」
女は半泣きの顔で、ふところから電報を出して見せた。
「コウジ ング チヘスグ コイ。――なるほど。差出人は判ってるんですか」
新吉が言うと、女は恥かしそうに、
「主人です」と言った。
「じゃ、荒神口に御親戚かお知り合いがあるわけですね」
「ところが、全然心当りがないんです。荒神口なんて一度も聴いたことがないんです」
「しかし、おかしいですね。荒神口に心当りがあれば、たぶんそこで待っておられるわけでしょうが、そうでないとすれば、駅で待っておられるんでしょうね。しかしスグコイといったって、この頃の電報は当てにならないし、待ち合わす時間が書いてないし、電報を
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