五万円の新券がはいるわけだな」
「五十銭やすく売れば羽根が生えて売れるよ。四円五十銭としても、四万五千円だからな」
「市電の回数券とは巧いこと考えよったな。僕は京都へ行って、手当り次第に古本を買い占めようと思ったんだよ。旧券で買い占めて置いて、新券になったら、読みもしないで、べつの古本屋へ売り飛ばすんだ」
「なるほど、一万円で買うて三割引で売っても七千円の新券がはいるわけだな」
「しかし、とてもそれだけの本は持って帰れないから、結局よしたよ。市電の回数券には気がつかなかった」
「もっとも新券、新券と珍らしがって騒いでるのも、今のうちだよ。三月もすれば、前と同じだ。新券のインフレになる」
「結局金融措置というのは人騒がせだな」
「生産が伴わねば、どんな手を打っても同じだ。しかもこんどの手は生産を一時的にせよ停めるようなものだからな。生産を伴わねば失敗におわるに極まっている。方法自体が既に生産を停めているのだからお話にならんよ」
 二人はそこで愉快そうに笑った。その愉快そうな声が新吉には不思議だった。しかし、新吉はもうそんな世間話よりも、さっきの女の方に関心が傾いていた。
 あんな電報を打
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