の空気にひとり超然《ちょうぜん》として、惑いも迷いもせず、朝の最初の競走《レース》から1の番号の馬ばかり買いつづけていた。挽馬場の馬の気配も見ず、予想表も持たず、ニュースも聴《き》かず、一つの競走《レース》が済んで次の競走《レース》の馬券発売の窓口がコトリと木の音を立ててあくと、何のためらいもなく誰よりも先きに、一番! と手をさし込《こ》むのだった。
何番が売れているのかと、人気を調べるために窓口へ寄っていた人々は、余裕《よゆう》綽々《しゃくしゃく》とした寺田の買い方にふと小憎《こにく》らしくなった顔を見上げるのだったが、そんな時寺田の眼は苛々《いらいら》と燃えて急に挑《いど》み掛《かか》るようだった。何かしら思い詰《つ》めているのか放心して仮面《めん》のような虚しさに蒼《あお》ざめていた顔が、瞬間《しゅんかん》カッと血の色を泛《うか》べて、ただごとでない激《はげ》しさであった。
迷いもせず一途《いちず》に1の数字を追うて行く買い方は、行き当りばったりに思案を変えて行く人々の狂気を遠くはなれていたわけだが、しかし取り乱さぬその冷静さがかえって普通《ふつう》でなく、度の過ぎた潔癖症《
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