えていると、
「おい、道子。だらしがねえぞ。いつまで鏡にへばりついてるんだ」
兄にひやかわれた[#「ひやかわれた」はママ]。
「兄さまだって、はじめて背広着た時は、こうやって……」
「莫迦! あの時はネクタイを結ぶ練習をしたんだ。同じにされてたまるかい。ネクタイには結び方があるが、眼鏡なんか阿呆でも掛けられる。眼鏡を掛ける練習なんて、きいたことがねえよ」
「はばかりさま、眼鏡にでも掛け方はありますわよ。お婆さんみたいに、今にもずり落ちそうなのもあるし、お爺さんみたいに要らぬ時は、額の上へ上げてしまうのもあるし……」
「どっちみち、お前なんか、どう掛けてみたって、似合いっこはないよ。いい加減のところで妥協して、あっさり諦めてしまうんだな」
「あら」
「それに、元来女の眼鏡といむ[#「いむ」はママ]奴は誰が掛けたって、容貌の三割がとこは、低下するものさ。おまけに、頭の良い人間は眼鏡なんか掛けんからね。生理学的にいっても、眼の良いものは、頭が良いにきまっている。その証拠に、横光でも川端でも、良い小説家は皆眼鏡を掛けておらん。小説家に眼鏡を掛けたのはすくないからね」
「でも、林芙美子さんは、
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