ばお千鶴も可哀想な女だと、いまはもう色気なぞ抜きにして、しんから同情される。
しかし、お前も随分しょんぼりした後姿だったね。いかにも、寒そうな、その姿がいまおれの眼のうらに熱くちらついて、仕方がない。右肩下りは、昔からの癖だったね。――おれももう永くはあるまい。お前とどっちが早いか。
想えば、お互いよからぬことをして来た報いが来たんだよ。今更手おくれだが、よからぬことは、するもんじゃない。おれも近頃めっきり気が弱くなった。お前のように……。
実際、お前は気の弱い男だった。そんなに悪い男じゃない。「真相をあばく」に書いてあるような、しんからの悪辣《あくらつ》な男ではない。おれが言うのだから、まちがいあるまい。何故なら、今だからこそ言ってやるが、あの「川那子丹造の真相をあばく」の筆者は、じつは此のおれだったのだ。だからこそ、あんなに詳しくあばくことも出来たのだ。文章も見てわかるだろう。
[#地から1字上げ](「大阪文学」 昭和十七年九月号)
底本:「夫婦善哉」講談社文芸文庫、講談社
1999(平成11)年5月10日第1刷発行
2002(平成14)年10月25日第3刷
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