、その来方が余り早すぎた。
八
もう年も年だが、それにしても、以前に比べて随分顔色がわるかったじゃないか。たちのわるい咳もしていたじゃないか。いや、だからといって、肺をわるくしたのか、なんてそんな皮肉を言ってるのじゃない。それに、もうお前は肺病薬を売ってるわけじゃない。いまは、たった二円の金に困っているのだ。しかも、それを隠そうとはしない。情けない話だ。なぜ、川那子丹造らしく、二千円貸せと、大きく出ないのだ。
しかし、よしんばお前に二千円貸せといわれても、二千円はおろか、二円の金もおれには無かった。恥かしいが、本当のことだ。御覧の通り、医者はおろか、薬を買う金もないのだ。安い薬草などを煎《せん》じてのんで、そのにおいで畳の色がかわっているくらい――もう、わずらってから、永いことになるんだ。
結局お前は手ぶらですごすご帰って行った。呼びかえして、
「――あれはどうしてる?」
と、お千鶴のことを訊《き》きたかったが、どうせ苦労しているにちがいないと思うと、聴けばかえって辛くなるだろうと、よした。お千鶴ももう年だ。なんとなく、あの灸婆のことが想い出されたりして、想え
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