り口を見て、おれは、さすがに考えやがったと思ったが、しかし、その攻撃文に「国士川那子丹造」という署名があるのを見て、正直なところ泪が出た。
 しかし、これも薬を売る手段とあれば、致し方あるまいと、おれは辛抱して見ていたが、やがて、その署名の活字がだんだん大きくなって行き、それにふさわしく、年中紋附き羽織に袴《はかま》を着用するようになった。そして、さまざまな売名行為に狂奔した。れいによって「真相をあばく」に詳しい。

 ――手をかえ、品をかえ、丹造が広告材料に使った各種の売名行為のなかで、これだけはいくらか世のためになったといえるのがあるとすれば、貧病者への無料施薬がそれであろう。しかし、それとて真に慈善の意志から出たものか、どうかは、疑わしい。
 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいったいなんとしたことか。
 この稿を草する間にも、彼はいかがわしい施薬結果を、全国の新聞紙上に広告した。即ち、そ
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