五

 ――馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に化けさせたほどのイカサマ薬でもなく、ちゃんと処方箋を参考にして作ったもの故、どうかすると、効目があったという者も出て来た。市内新聞の隅っこに三行広告も見うけられ、だんだんに売れだした。売れてみると、薬九層倍以上だ。
 たちまち丹造の欲がふくれて、肺病特効薬のほか胃散、痔の薬、脚気《かっけ》良薬、花柳病《かりゅうびょう》特効薬、目薬など、あらゆる種類の薬の製造を思い立った。いわば、あれでいけなければこれで来いと、あやしげな処方箋をたよりに、日本中の病人ひとり余さず客にして見せる覚悟をころころと調合したのである。
 間もなく河原町の裏長屋同然の店をひき払って、霞町附近に「川那子メジシン全国総発売元」の看板を掛けた。同じヤマコを張るなら、高目に張る方がよいと、つい鼻の先の通天閣を横目に仰いで、二階建ての屋根の上にばかに大きく高く揚げたのだ。
 そのように体裁だけはどうにか整ったが、しかし、道修町の薬種問屋には大分借りが出来、いや、その看板の代金にしたところで……。そんな状態ではいくら総発売元と大きく出しても、何程の薬をこしらえてみても、……しかも、その薬にしたところで、そろそろ警戒しだした問屋からは原料がはいらず、「全国」どころか、店での小売りにも間に合いかねた。
 そこで、考えた丹造は資金調達の手段として、支店長募集の広告を全国の新聞に出した。
「妻子養うに十分の収益あり」という甘い文句の見出しで、店舗の家賃、電灯・水道代は本舗より支弁し、薬は委託でいくらでも送る。しかも、すべて卓効疑いのない請合薬で、卸値は四掛けゆえ十円売って六円の儲けがある。なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々《うんぬん》の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。
 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として、金六百円を納められたい。――活版刷りの美麗な辞令だった。
 そして、待機していると、世間は広いものだ。一生妻子を養うことが出来れば、六百円の保証金も安いものだと胸算用してか、大阪、京都、神戸をはじめ、東は水戸から西は鹿児島まで、ざっと三十人ばかりの申し込みがあった。なけなしの金をはたいたのか、無理算段したのかいずれにしてもあまり余った金ではない証拠に、為替に添えた手紙には、いずれも血の出るような金を手ばなす時の表情がありありと見え、どうぞよろしくと、簡単な文句にも十二分の想いがこもっていた。やっと五百円だけ工面しました。残金百円はあと十日以内に何とかして送金します故、何とぞ支店長に任命のほどを……と、あわれなまでにあわてて送金して来た向きもあった。
 そうして集まった金が一万八千円ばかり、これで資金も十分出来たと、丹造は思わずにやりとしたが、すぐ渋い顔になると、
「――まだちょっと足りぬ」
 気味のわるい声で呟いた。
「……いっそのこと、保証金を八百円にすればよかった」
 と、丹造は頭をひねった。間もなく、彼は三十軒の支店長へ手紙をだして曰く、――支店の成績をあげるためには、それ相当に店舗を飾る必要がある。この意味に於いて、総発売元は各支店へ戸棚二個、欅《けやき》吊看板二枚、紙張横額二枚、金屏風《きんびょうぶ》半双を送付する。よって、その実費として、二百円送金すべし。その代り、百円分の薬を無代進呈する。
 ……いきなり二百円を請求された支店長たちは、まるで水を浴びた想いに青く濡れた。六百円の保証金をつくるのさえ、精一杯だったのだ。それを、この上どこを叩いて二百円の金を出せというのか。しかし、出さねば、折角の保証金がフイになるかも知れない――と、むろん、そうはっきりと凄文句でおどしつけたわけではなかったが、彼等はそんな心配をした。
 それに、考えてみれば、無理は無理でも、装飾品のほかに百円の薬がただで貰えるというのだ。けっして割のわるい話ではない――と、結局、彼等は乾いた雑巾《ぞうきん》を絞るようにして、二百円の金を工面せざるを得なかった。
 その結果集まった金が六千円、うち装飾品の実費一軒あたり七十円に無代進呈の薬の実費が十円すなわち三十軒分で二千四百円をひいたざっと四千円が、丹造の懐ろに流れ込んだ。さきの保証金とあわせて二万二千円、但し新聞広告代にざっと三千円掛り、差し引き一万九千円の金がはいったと、丹造は算盤をはじいた……。

 嘘みたいな上首尾だった。こうまで巧く成功するのは、お前……いや、このおれも予想しなかった。たいていのことに驚かぬおれだが、この時ばかりは、自分でも嫌気がさすくらいだった。
 無論、これはおれだけの気持、お前と来ては、
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